自然の中に住み、自然を描く、寺尾一郎のクレヨン画

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「未完成」ということばには何か特有の謎めいた響きが含まれています。

では逆に「完成」したものとはどういった基準でそう呼ばれているのかも考えなければなりません。

広くあまねく芸術というカテゴリーで捉えるならば、ミケランジェロの未完成の彫刻は昔からずっと傑作と呼ばれてきたし、文学の世界に目を転じれば、ドストエフスキーの「カラマゾフの兄弟」や、夏目漱石の「明暗」は作者の死によって完成しなかったにもかかわらず、いまだに名作の誉れが高いですね。

翻って音楽の世界に目を向けても、モーツアルトが死の床で必死に書きあげた最後の作品である「レクイエム」も未完のまま終わっているにもかかわらず大作としていまだに有名。

さてそんななかで、この写真の作曲家シューベルトが作曲した交響曲「未完成」もその代表的な作品のひとつ。

通常、4つの楽章から構成される交響曲ですが、第2楽章までで終わってしまっているから「未完成」というタイトルがついているとはいうものの、それではたして完結されていない作品として捉えてよいのかどうか。

既成概念にとらわれずに試行錯誤しながら、3つの楽章構成をこころみたハイドンやモーツアルト、5つの楽章を設けたベートーヴェンの交響曲第6番「田園」にしてもしかり。

シューベルトがその範疇に収まる可能性だってなきにしもあらずではないでしょうか。

但し、残念ながら、シューベルトの場合はこの交響曲は第3楽章のラフスケッチが立派に残っているだけに、明らかに途中で放棄してしまったかのような痕跡があることで、唯一上記の作品とはひとくくりにすることはできそうにありません。

しかし、この作品を聴いてなじみのあるお方であれば、あきらかに第2楽章があまりにも天上からの音楽のような耽美的な美しさを秘めており、彼がこの作品のみに関してはここで完成させてしまおうと思ったと勘繰ってもいたしかたないほどの美しさがあります。

未完成だからこそ、それを鑑賞する側の想像を逞しくさせるということでの説得力の強さがあるとも思えるのですが。♪~

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