自然の中に住み、自然を描く、寺尾一郎のクレヨン画

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富士山が最後に噴火したのが1707年の宝永4年。

これ以降、富士山は噴火をせずだんまりを続けています。

ご覧の写真のように、御殿場方面から裾野途中に巨大な噴火口の痕跡を残していますね。

僕はこの位置からの富士山の姿が、朝霧高原から見る富士山同様に大好き。

徳川幕府も安定期に入り、5代将軍「綱吉」の時代に起きたこの大噴火。

江戸市民もさぞや肝を冷やしたことでしょう。

事実、あの有名な新井白石の著書「折りたく柴の記」にもこう記されています。

「よべ地震ひ、この日の後時雷の声す。家を出るに及びて、雪の降り下るごとくなるをよく見るに、白灰の下れる也。西南の方を臨むに黒き雲おこりて雷の光しきりにす。」

年末になると必ず日本人が大好きな忠臣蔵の赤穂浪士が吉良上野介を殺害したのが1702年。

その5年後といえば、なんとなく時代背景がわかるかも知れませんね。

5代将軍「綱吉」はあの生類憐みの令を出した有名な将軍。

それ以降307年間、富士山は沈黙を守っていますが、天災は忘れたころにやってくるを忘れてはいけない時期かもですね。

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