自然の中に住み、自然を描く、寺尾一郎のクレヨン画

Herbert-von-Karajan (1)_R

指揮者カラヤンのことについてずいぶんとあれこれ書いてきましたが、最近になって彼のストイックなまでのチャレンジャー精神にほとほと感動してしまうことが多々あり。

人間は同じような境遇になってくると、そうした色メガネというか、フィルターを通して人となりを見てしまうきらいがあります。

何かひとつの世界に没頭し、生涯そのエネルギーが枯渇しないタイプの人を見るにつけ、普段の日常生活で、よほど凡人とは違う自分に対して厳しい側面をもつのがいかに大変なことかということを改めて考えさせられます。

カラヤンほど生涯にわたって録音スタジオに閉じこもっていた指揮者はいないとまで言われてきましたが、何が彼をそこまで執念のように持続させたのか。

彼ほど「今」のこの瞬間から先々のことしか目を向けていなかった指揮者も稀有な存在なのではないかしら?

晩年は脊髄の手術に失敗して片足が歩行困難になったり、自分は世界一のリュウマチ患者だと豪語していたことを考えても思い通りに動かない自分の肉体に思い切り嫌悪感をもっていただろうに、それでも最後の最後まで生き方を見誤らずに前向きに進んでいたカラヤンのそこにこそ、彼の凄さを感じるようになった今日この頃。

あまた沢山ある名曲も1度録音すれば、あとあとになっても、「あれは以前に録音したからもういい」とは決してならなかったカラヤン。

録音技術の発達のたびに録音しなおしていた彼のひたむきなその姿勢は、アーティストにも、いや、もしかしたらスポーツ選手にも大事な要素であるチャレンジ精神が旺盛だったのではないか。

常に自分の作品に満足せずに何回でも挑戦し続けていたカラヤン。

最近は彼のそうしたひたむきな姿勢の中身についてばかり考えが及んでしまうことひとしきりです。

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