自然の中に住み、自然を描く、寺尾一郎のクレヨン画

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今は遠い過去の出来事になってしまいましたが、1969年7月にアメリカ航空宇宙局NASAは人間を初めて月に送り込むことに成功しました。

今から45年も前だということが信じられません。

アポロ計画と名前がつけられて3人乗りの宇宙船で月面に人間を送り込む遠大な計画。

素人的にはそれまでのNASAの用意周到な準備を知ることはなかなか難しいでしょう。

1人乗りの「マーキュリー計画」、2人乗りの「ジェミニ計画」を経て、いよいよ3人乗りで地球軌道を脱出して月まで行くという計画には莫大な予算もかかりますが、何よりも、人間が地球軌道から外れて、他の天体まで飛行すること自体がとてつもなく危険を伴うことは容易に想像がつきます。

当然のことながら、これでもかというほどNASAは慎重に準備を重ねていきます。

ましてや、アポロ1号というスタートの段階で、発射実験中に司令船の中で訓練中の3人の飛行士を火災事故で失ったアメリカ、物凄いナーヴァスになっていました。

皆さんは意外にも、この綿密に作られた飛行準備計画をご存知ないかもしれませんね。

人類が初めて地球軌道を脱出して月まで行き、月を何周かして戻ってきたのは、アポロ8号でした。

あの有名な月面から半月状の地球が昇ってくる写真を撮ったのも、このアポロ8号です。

しかし、このとき、彼らには大きなものが積み込まれてはいませんでした。

そう、月に降りるための月着陸船です。

つまり、3人の宇宙飛行士が操縦する司令船(機械船も含む)だけで月に行くことが可能かどうかのテスト飛行だったわけです。

そして、これに大成功したNASAは次のアポロ9号では、初めて月着陸船を一緒のロケットの中に積み込み、地球周回軌道上だけで、無重力状態でのこの着陸船とのランデブー(接近)とドッキング、船外活動を通して、月着陸船を修理することができるかどうかのテストを行います。

この写真がまさにドッキング中の月着陸船を船外に出て修復する訓練を行っているものです。

なかなか慎重ですね、NASAも。いきなり月着陸船を連れて月までは行かないのですから。

そして次のアポロ10号で、初めてこの着陸船を連れて月まで行き、月周回軌道上でのランデブーとドッキングの練習をします。

万事順調にいけば、そのまま眼下が月なのですから司令船と離れて月まで降りていきたい欲望にかられたでしょうが、NASAはそうはしませんでした。

そしてこの2つの異なった船を月まで連れていくことが大丈夫だと確信を持てて、いよいよ月に降り立つことにしたわけです。

映画にもなったアポロ13号の突然の事故でこのときだけ月着陸を断念して地球に帰還しますが、あわやというところでアポロ1号の二の舞になるところだったのですね。

 

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