自然の中に住み、自然を描く、寺尾一郎のクレヨン画

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この写真を見て誰だかすぐにおわかりになったお方は、これまた前回の五代友厚同様に歴史マニアといってもよいでしょう。

幕末に若くして長州藩内で松下村塾を開設し、若い人々に「外に目をむけろ」と開明の元祖でもあった吉田松陰その人です。

可哀想に安政の大獄でつかまって幕府に死刑にされてしまいますが。

今回はこの門下生の中で活躍した何人かの人にスポットを当てるのですが、僕の視点で少し「へえ~、そうだったのか」シリーズを述べます。

彼がつくった「飛耳長目録」。簡単にいえば、若い塾生たちに外で拾ってきたあらゆる貴重な情報をこの目録に書き記していたわけですが、

1858年7月に長州藩は初代総理になった伊藤博文以下6名にこの「飛耳長目」の役目を与えて京都にしれっと飛ばすお話です。

いわば現代版スパイです。

日本人というのはどうも島国だからか、仕事の世界でも敵情視察と称してスパイを潜り込ませるといった習慣がないからか、歴史の、それもこの幕末明治維新のころの話をするときに、スパイがゴロゴロいて京都など百鬼夜行だったといっても「そんなわけないじゃんか」といった顔をします。

でもそんなレベルの思考能力では、いわゆる山川日本史ではありませんが、いわゆる表向きに皆さんがしっているレベルでの事件しか理解できません。しかしはっきりいってこのころの事件は水面下で動いていることが全体の8割だといっても過言では決してありません。

なぜなら、表立って分かってはこまることでアングラでうごかしていたことばかりだからです。

そうした視線をもってもらうためにも、これからのお話も理解していただかなくてはとてもとてもこの時代のことを深く理解することなどとても不可能なのです。

このスパイに選ばれた6人、いずれも身分は「軽率」、いわば下士と呼ばれる最下層の身分の人間です。いってみればにわか侍たち。あの有名に今では(!!)なっている坂本龍馬だってしかりです。

これには明確な理由があるのをみなさんはご存知ですか。こんなことは失礼極まりない言い方ですが、下士というのは命はまるで価値あるものではありません。万が一つかまったときに敵側に殺されてもへでもないような奴らが起用されるのは今だって当たり前。

極端なことをいえば、最下層の武士は日頃から犬のように虐げられているため、潜在的に武家社会に大きなわだかまりや恨みをもっています。

体制に疑問をもっていれば、新しい考えが心に芽吹きやすいのも当然でしょう。そこに人間としての希望を必ず見出そうとします。まともな人間であれば。要は改革思想に染まりやすいともいえます。

とくに外国なんかに隠密に行こうものなら「なんじゃ?今の日本のひどさは」と間違いなくなりますね。

その代表例が長州藩で奇兵隊を作った高杉晋作でしょう。彼も上海を見てきて考え方ががらっとかわってしまいます。

幕府側の勝海舟、坂本龍馬、先の五代友厚、伊藤博文、そしてこの時代の重要人物、井上馨、みんな氏素性は最下層の出で外国に密に接触しています。

そしてみんながみんな一様に倒幕の旗手になっている人ばかり。

この当時の水面下で活躍して頭角を現してきた人々はみなそうした上層部に虐げられてきた最下層の人間だったからこそ、平安時代の公家貴族集のようなぼけっとした馬鹿ではなかったから幕末をひっくりかえす地殻エネルギーにもなって日本をひっくりかえす底力になったわけですね。

そしてそんな彼らには全てに共通して幕府に、あるいは敵対視していた「藩」にさとられないように隠密行動をとっていたわけで、そうしたアングラなことは教科書にのるわけもなく、ましてやその装元締めがイギリスが送りこんでいた長崎のグラバーであるわけで、ただの商人だというレベルでグラバーを見ている限り、この幕末の政変を理解することは100%無理と断言してもかまいません。

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