自然の中に住み、自然を描く、寺尾一郎のクレヨン画

1011039_620128491388579_1659704516_n_R

2013年6月26日に晴れて富士山がユネスコによって世界遺産に登録されました。

登山者の不謹慎なゴミ捨てが無くなって綺麗になったからだけではなく、古くからの山岳信仰の対象とされてきたことや、葛飾北斎らによる浮世絵などの文化的な価値も認められたということでしょうか。

調べてみると、ユネスコに登録された正式名称は「富士山~信仰の対象と芸術の源泉~」というなんだかよくわからない名称だそうです。

ところで地名が歴史を探究していくうえで重要なファクターになっていることは承知の事実ですが、富士山の名前の由来となると、これがまた不思議なくらい諸説ありながら、決定打みたいなものがありません。

いくつかを上げて見ると「不死説」、「藤説」、「アイヌ語説」、「マレー語説」、etc。

一番目の「不死説」は、「竹取物語」から出てきたもののようで、かぐや姫が置いていった不老不死の薬をフジ山で焼いたことが由来だというもの。

「藤説」は、この山の裾野がまるで藤の花が垂れさがっているように美しく見えることから生まれたという説。

「アイヌ語説」は、アイヌ語で「吹きだす」、「裂ける」という意味の「プシ」が語源だとする説。

「マレー語説」は「素晴らしい」という意味の「プジ」から来ているというもの。

古い文献資料、例えば「常陸国風土記」や「続日本紀(しょくにほんぎ)」にも頻繁に登場する「富士」、「不自」、「布時」、「不二」などからきているという説もあります。

そして最後になりますが、歴史探究で、「なぜ?なぜ?」をいつも念頭においてあれこれ推察することが大好きな自分はこれにもうひとつ追加したい由来があります。

それがユダヤのヘブライ語と大いに係わるもの。

アジアのシルクロードを通って日本にまで流れ着いたであろうユダヤの人々。その当時は日本などという国は存在していませんでしたが、続々と朝鮮半島から渡来人が渡ってきたなかの大半はユダヤ人であることは紛れもない事実。

その中の一部は「秦」という名前を名乗り、大和政権で重用されますが、その彼らが使っていたであろうヘブライ語が22文字でできています。

旧約聖書の中に現れる「22」という数字の意味もいろいろな解釈がなされていますから諸説紛々ですが、「神聖なる」という意味とつながっていることから、この解釈も捨てることはできないかなと考えています。

「22」は文字通り「フジ」とカタカナ文化が発達した平安時代には読める可能性も大いにあるからです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>