自然の中に住み、自然を描く、寺尾一郎のクレヨン画

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アメリカ航空宇宙局NASAは、当時、スプートニク1号という人工衛星の打ち上げでロシア(当時のソ連邦)に追い抜かれ、巻き返しをはかりますが、ロケット開発の不備などでことごとく失敗。常に先を越されたまま、宇宙開発競争に乗りだします。

ところが、友人(人が初めて無重力という別世界)飛行計画でも、またまたソ連邦に先を越され、あのガガーリンが遺した有名な言葉「地球は青かった」に焦ります。

そうした中、時の大統領ジョン・F・ケネディがアメリカの威信をかけてでも1960年代に人類を月に送り込むという演説をしたこともいまとなっては懐かしい昔の話。

まずは、一人乗り有人宇宙計画「マーキュリー」を実施。

これで一人で宇宙滞在することが可能だと判断したNASAは、次に「ジェミニ計画」二人乗り有人宇宙飛行計画を実施します。

しかし、ここでNASAは大きな問題に直面し、頭を抱え込むことになります。それは一体何でだったのでしょうか。

月に送り込むには最低3人の宇宙飛行士(クルー)が必要なこと、月に降り立つのは2人、その間、月の周りをまわって待機するクルーが1人。まるでパズルのようなことを考えていくと、どうしても有人宇宙飛行の船が2つ必要になります。

となるといきなり3人乗りの「アポロ計画」に入る前に、この2人乗り「ジェミニ計画」で、果たして無重力の宇宙空間でお互いが接近したり、ドッキングして双方の船を中の通路を通って行き来できるかの実験が必要になります。

まあしかし、ほとほと感心するほど用意周到に考えられた計画だといまもってしてもため息がでます。

1人乗りの宇宙空間飛行は成功したわけですから、次なる段階はお互いの接近、そしてドッキングの実験開始というわけ。

そしてそれがこの2枚の写真です。

上の写真は、2人乗りのジェミニをほぼ同時に2機打ち上げて、地球周回軌道上で4人がどこまで接近できるのかの実験中の写真。

このとき、ジェミニ8号と9号はお互いに3メートルまで接近することが可能であることを証明します。

先にコラムであげたあのドッキングのお話を思い出してください。このときもお互いが秒速10キロというとてつもないスピードで飛行しながらの接近ですから命がけといってもよいでしょう。

そして下の写真は2人乗りのジェミニを打ちあげたら直後に無人衛星「アジェナ」を打ち上げ、これまたランデブーまでは可能なので、今度はこのアジェナとドッキングが可能かの実験に入ります。

そしてこれもまた指名されたクルーの見事な操縦でアジェナとのドッキングを南大西洋上空で成功させます。

さあ、これでNASAは、いよいよ3人乗り宇宙飛行計画「アポロ計画」への段階に移っていくことになります。

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