自然の中に住み、自然を描く、寺尾一郎のクレヨン画

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皆さんの中には学校の授業で歴史がお好きだったでしょうか。

実はこの僕も、寝食を忘れるほど大好きな日本の歴史、学生時代は大嫌いでした。暗記に重点をおいていた自分に猛省しきりなのですが、太古の昔から文明が発達していくこと以外は案外、人間は昔も今もたいして変わったことはしていません。

妬み、嫉妬、恨みといった感情が支配されているものについては文明の発達とともにより複雑化したといった程度でしかありません。

だから人間学に興味を抱くようになってから俄然、歴史に興味をもつようになったわけです。

さて、皆さんは歴史が嫌いなお方でも聖徳太子の名前ぐらいはご存知のはずです。古い10,000円札の顔にもなっていましたし、忘れようにもわすれられない有名人です。

このお方の偉業のひとつが、日本最古といわれる「憲法」を作成したこと。今回はこのお話です。

「憲法17条」。その名前の通り、中身は17条からなる取り決めごとが書かれています。

だいたいどんな国であろうとも、憲法には第1条に最も基本的な大事なことがまず書かれます。

そこで、この憲法17条ですが、第2条が「篤く三宝を敬え(うやまえ)」。つまり仏、法、僧を大切にしなさいとなっています。

次の第3条が「詔(みことのり)を承りて(うけたまわりて)、必ず謹め。君えおばすなわち天とす。」要は日本人よ、天皇を大切にしなさいというところでしょうか。

だいたいこの2つが最も頭にきてもよさそうな時代の憲法です。おやっ?と思わない方がおかしいのですが、では一体第1条は何なのでしょうか。

それは「和を以て(もって)貴し(とうとし)となし、さかうること無きを宗(むね)とせよ。」です。簡単にいえば心やわらげてなんでもじっくり話し合いをしなさい。そうすれば物事は全てうまくいく・・・みたいな感じでしょうか。

ここで頭を働かせて考えてみるとなかなか面白いことに気がついてきます。

これが第1条にくるぐらいなのですから、逆をいえば、日本は当時よほど争いごとが絶えず、おだやかではないことが危ないといった状態だからこそ、こんなことを第1条にもってきたと考えざるをえません。

他国からの侵入が陸続きではなかったにしても、絶えず話し合いもせずに隣同士が言い争いをしていた国民なんだなとも受け取れます。

こうやって人間の本質を考えたうえであれこれ歴史資料を繰ってみると、案外同じようなことをやりながら一本の線上でありとあらゆる争いごとを国内でしてきたんだなということが見えてきますよね。

しかし、またこれが今日現在もずっと踏襲されてきてしまっているからなのか弊害もでています。

なんでも「丁寧に、慎重に」大勢で話し合いをして、結論がでなければ先送り、先送り、よって一向に結論が出ず埒があかない状態。

また裏返せば、そうやってみんな大勢で集まってああでもないこうでもないといった話し合いから生まれた結果は「妥協の産物」にもなりかねず、また責任の分散によって責任回避ができる。

今の政治、官僚組織がまるでこのままではないでしょうか。

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