自然の中に住み、自然を描く、寺尾一郎のクレヨン画

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歴史探訪大好き人間の自分。

毎年、京都にも必ず足を運んでいましたが、ここ数年それが残念ながら途絶えています。

僕は日本の歴史、特に室町時代と江戸時代後期から幕末にかけてのころの探究が最も好きです。

室町時代に惹かれる理由は、日本独自の文化が大いに発展成長したこと。

幕末が好きな理由は、このころの各藩の人間模様を探究すればそれがそのまま、今の日本人とだぶるからです。

さて自分は日本の歴史については寝食を忘れるほど大好きで、そのカテゴリー(範疇)は小説、文献、資料なんでも読みあさります。自分でこうだとそれなりの確信がもてるまで・・・。

そんななか、歴史探究で欠かせないだろうと自分が思っていることのひとつに、その時代の主だった人が活躍していたであろう場所に実際に自分で足を運ぶことだと思っています。

足掛け3年近く探求した坂本龍馬についても彼の活躍したであろう場所は全て足を運んで見てきました。

彼の暗殺の謎も自分なりの確信した回答をもってはいるのですが、巷間伝えられるところの「あの話」がおかしいことは京都にしばらく滞在しているだけで推察することができます。

さて、そんなわけで、この伊豆は宇佐美海岸から南側を見た風景写真をここで使ったのにもそんな理由があってのことでした。

遠くに手前の山から顔を出している大室山(海抜580メートル)が見えています。

この山は以前にもコラムで投稿したようにスコリア丘型火山で、地質火山専門家たちの学説では約4,500年前に噴火してできたのだと言われています。

この景色、縄文弥生時代から海山の形はたいして変化していないので、この海岸で海産物漁をしていたであろう当時の住人は突然の噴火でこんな形の山が出来上がってさぞや驚いたに違いありません。

もし、宇佐美や伊東周辺の歴史をさかのぼって探究するときにもこうしたことが当時の住人にどんな心理作用や影響を及ぼしたのかという極めて人間的な発想から読み解いていくのが最もまっとうな推論ではないかというのが僕の持論。

そんなわけで、近江屋という醤油屋の2階で坂本龍馬と陸援隊の中岡慎太郎が夜遅くに密談していたところに賊におそわれ2人とも殺害されたとその事件から30年も経ってからにわかにでてきたような話、近江屋と目と鼻の先に土佐藩邸や陸援隊本署がありながら、何の騒ぎもおきなかったこと自体、誰に殺害されたのかといったことを残された資料や文献からだけではとても正しくは判断できないということすら、京都に行かなくてはわからないこと多々あり。

謎が謎を呼ぶではありませんが、僕は肩書だけの歴史専門学識経験者より、よほど相棒の右京さんのほうが正しく歴史の謎をひも解いてくれるはずだと信じて疑いません。

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